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    • 2019.12.15 Sunday
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    The sorrow must go on.

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      JUGEMテーマ:空手道

       

       

       

      前回のブログ記事にて、
      「仏に逢えば仏を殺し、祖に逢えば祖を殺し、羅漢に逢えば羅漢を殺し、父母に逢えば父母を殺し、親眷に逢えば親眷を殺して、始めて解脱を得ん」
      という禅の言葉を取り上げ、真理のためなら対象が何であろうとも””と書きました。

       

       

      自分にとって、これに例外はありません。

       

       

      たまに、ブログで真反対のことを書くのはそういう理由です。
      形の名前も「パッサイ」「ワンシュー」と従来通りの表記で書き続けるのも同じです。

       

       

      私は、仮説に対して、それが真実だ!間違いない!
      という風に言い切ることは絶対に有りません。

       

      大変興味深く、真実味のある仮説であれば、それを自らの指針にすることはあるかもしれませんが、
      それが事実かどうかというと、まるで別の話になってくると思います。
      空手界には数多くの仮説が存在しますが、仮説である限りそれら全てを平等の目で見ることにしています。

       

       

       

      とはいえ、このまま余りそういうことを書き続けていくのはどうかと思いますので、

      いずれこのブログの名前も書く内容も、期を見て変える予定です。

       

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      一抹の哀しさ

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        JUGEMテーマ:空手道

         

        空手のことを想うときは常に、頭の片隅にフッと一抹の哀しみの感情がよぎります。

         

         

         

         

        このようになったのは、3〜4年程前にとある沖縄空手のセミナーを受講したのがキッカケでした。

         

        今でも、そのときの強く深い哀しみを良く覚えています。
        新垣師範のセミナーを受けた経験が有ったがために、その指導内容の密度の余りの格差に愕然としてしまったのです。

         

        詳細は詳しくは述べません。
        しかし私は、現代沖縄空手の底というものを、この日はっきり見たかのような思いをしました。

         

         

         

        自ら強い哀しみの感情を感じたことで理解できたことがあります。

         

         

        新垣師範は、年に2回アメリカから来日し、それぞれ約1月ほど滞在して指導を行います。

        その労力は並大抵のことではないはずです。

         

        私は、新垣師範のこのモチベーションがどこから来るのか、ずっと不思議でした。

        安直に、新垣師範がとても強い熱意を持った人だからできるのだろうか?なとどと想像していたかと思います。

         

         

        しかし、哀しみの感情を自ら理解した後、それは違う!と断言できます。

         

         

         

        勿論、強い熱意もあったでしょう。
        しかし、新垣師範はそれだけではなく、きっと強い哀しみを懐に抱えているからこそ、これだけのことを行えるのだと思います。

         

         

         

        人は、強い悲しみには打ちひしがれますが、強い哀しみにはその逆の反応を示します。
        哀しみは悲しみと同じ負の感情、決してプラスの感情ではないはずですが、しかし、悲しみとは違い、人は強い哀しみを受けると突き動かされるのです。

         

         

         

        慟哭、まるで叫びだし走りたくなるような感情。
        それが哀しみなのだと知ることができました。

         

         

         

        思い返せば、無想会の前に学んでいた流派を離れるときも、心に哀しみがありました。

        離れた流派も自らの師も好きでした。


        しかし、真理が欲しかったがために離れることを決意しました。
        真理の探究とは、好き嫌いで決めることでは有りません。

         

         

        「仏に逢えば仏を殺し、祖に逢えば祖を殺し、羅漢に逢えば羅漢を殺し、父母に逢えば父母を殺し、親眷に逢えば親眷を殺して、始めて解脱を得ん」
        という禅の言葉そのものです。
        その対象にどれだけ親愛の情を持っていようとも、真理から外れていると感じたのなら、殺す(否定する)しかないのです。

         

         

         

        ただ、辞めるに当たって心に決めたことが一つあります。
        義理立てというわけではないですが、それはこの先対象が何であろうとも、"殺す"ことをためらわないということ。

        たとえそれが、真理に限りなく近い「仏」や「羅漢」であろうとも。

         

         

         

        ・・"殺す"時には常に哀しみが付き纏いますが、またそれが新たなモチベーションとなります。
        あの時感じた強い哀しみが心に有る限り、私は空手からは離れることはないでしょう。

         

         

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        松村の形が想定する間合い

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          JUGEMテーマ:空手道

           

          生死を掛けた戦いにおける間合い
          http://hamar-k.jugem.jp/?eid=450


          前回の記事では、松村の間合いは遠かったであろう、と書きました。
          では、その推察に対して、何かエビデンスは有るのか?

          という話になりますが、これは、松村が実際に行っていた形から見えてくると思います。

           

          松村が確実に身に着けていたと判明している形は、クーサンクー、五十四歩、ナイファンチの3つだけです。
          また、パッサイも首里手の代表形の一つですので、やっていた可能性は有りますがはっきりしていません。

           

          この4つの形から、松村の想定する間合いを見ていきましょう。

           

          クーサンクー
          https://www.youtube.com/watch?v=GEaxhnah8Z0

          ナイファンチ
          https://www.yohttps://www.youtube.com/watch?

          パッサイ
          https://www.youtube.com/watch?v=mkctpBLc1_Y
          五十四歩
          https://www.youtube.com/watch?v=DtVZTpt6C8c

           


          では、4つの形の参考に、松村の手をより色濃く残しているであろう、祖堅方範師の形を例に出します。
          (これが松村の手そのものである、と断言しているわけではありません。)

           

           

           

          私は、松村に対してずっと疑問に思っていたことがあります。
          それは、何故、松村はわざわざ複数の形を修練し、かつ弟子に指導したのだろうか?というもの。
          同様の疑問を感じた方は、私の他にもいるのではないでしょうか。

           


          どの形も同じように、敵の迎撃から始まり、敵の必殺で終わるのであれば、一つの形で十分のはずです。
          何故、いくつもの形を学ぶ必要が有るのでしょう?

          「多くの技を身につけたいから」、という動機では松村の思想からかけ離れている気がします。
          それらの形は一体何が違い、何が身に付くのでしょうか?

           

           

          これらの4つの形の一番大きな違いは、件の間合いです。


          上記のアドレスから、それぞれの初動の歩みを見てください。

           

          クーサンクーは、「左」足を一歩(又は半歩)開きながら、最初の技を繰り出ます。
          ナイファンチは、「左、右」と二歩目を出す時に、最初の技が出ます。
          また、松村が習得していたか定かではないものの、松村のパッサイの可能性が有る祖堅師のパッサイは、「左、右、左」と三歩目の左足を踏み出しながら最初の技を出します。
          (祖堅師以外の流派のパッサイでは、「左、右」と二歩しか歩きません。)
          (五十四歩については、敢えてブログでは触れないで置きます。)

           

           

          並べてみますと、それぞれ最初の技を出し始める間合いが、上手い具合に違うことがわかります。
          これは偶然でしょうか?

           

          偶然ではないとしたら、松村は1〜3歩のいずれの距離でも対応できるよう、複数の形を習得していたのかもしれません。

           

          つまりは、示現流同様3歩(二歩半)距離を対応できるようにしつつも、
          素手ゆえにそれより近い間合いにも対応できるようにしていた、というところでしょうか。

           

           

           

           

           


          生死を掛けた戦いにおける間合い

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            JUGEMテーマ:空手道

            https://www.facebook.com/musokai.karate/posts/10156926992461698
            新垣師範が、フェイスブックで「ガチ甲冑合戦」の動画をシェアされています。
            私もこの方たちの組手は好きです。
            とてもリアルな戦いに見えます。

             


            私は、この動画の組手に現れているように、死を覚悟した者同士の命がけの勝負というやつは、体から相手にぶつかっていき、接触したら組打ちに移る・・・

            といった物ではないかと考えています。
            (自分は命の取り合いなんてしたことないので、当然ながら想像です。)


            また、動画同様、ルールの無い戦いでは良く言われる一足一刀の間合いよりも、ずっと遠い距離から勝負が始まるのでしょう。

             

             

            空手と非常に縁の深い東郷示現流では、敵との距離を三間前後(5〜6m)に置き、その距離を二足半歩で一瞬に飛行し敵を打つといいます。
            (※この歩方は秘伝らしく、演武会などでは行われないようです。)
            https://youtu.be/CArKs_NnWOM?t=19
            一足踏み込んだら敵に攻撃が当たる!なんていう間合いでは無いと言うことです。


            松村宋昆は、この示現流を薩摩の人間から直接学び、かつ沖縄で弟子等に指導しています。
            ゆえに、松村の空手にもその影響が及んでいる可能性は高いでしょう。

             

             

            新垣師範の説では、琉球に入ってきた中国拳法の套路は、

            元々は組合った状態から始まるものだったものの、それを、松村含む首里の空手家達が、

            組まれるより前に相手を迎撃する形に変えた、としています。

             


            松村は、国王のお側役(護衛)だったと言われていますが、確かに、このような立場に有った松村が、組まれる距離まで敵を近づけさせることはなかったことでしょう。

             


            では、松村の想定した戦いの距離とは、一体どのようなものだったのでしょう?
            それは、一足一刀の間合いでしょうか?

             

            私は違うと考えます。


            組み合うまで待つのは、当然遅すぎるとしても、一足一刀の間合いでも敵を近づけ過ぎです。

            王の警護役ともあろう人が、王に近づく不審人物を、そこまで接近させる事を良しとするとは思えません。
            待つなんで悠長なことはせず、ささっと自分から距離を詰め、取り押さえるのではないでしょうか。
            そう、示現流の寄足の法のように。

             


            「ナイファンチへの純化」と「ナイファンチの純化」

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              現在私は、形はナイファンチ(初段)しか練習していません。

              最近、新垣師範が「対象への純化」と「対象の純化」をテーマとしてブログを書かれていますが、これに関して、ナイファンチを通して少し書いていきます。 



              ブライアン先生のナイファンチを、何度は拝見したことがありますが、それはもう非常に見事なナイファンチです。
              ただしかし、私見ではありますが、その形は新垣師範とは違う身体操作をしているような印象を受けました。
              https://www.youtube.com/watch?v=BVM2WnJj5wk


              違うと感じた箇所は結構ありますが、特に違いが大きいのが波返しのタイミングです。
              この両氏の違いは、件の「対象への純化」だけをしているか、又は「対象の純化」もしているかの違いではないかと考えています。



              新垣師範は、その修業の際にナイファンチへの純化を果たしました。
              これは「対象への純化」です。

              その後更に、師はナイファンチの純化を図りました。
              そして弟子達には、その純化されたナイファンチを指導されました。
              ゆえに、ブライアン先生が行うナイファンチは純化されております。
              (かつ、ブライアン先生自身も、ナイファンチに対して純化しています。)

              その違いが、各技のタイミングに差が生じているのだと考えます。

              つまり、技の実用性においては、ブライアン先生のナイファンチの方が正しいのです。


              では、私はどのナイファンチを修行するべきでしょうか?
              本来であれば、純化された方を修行をするべきではないかと思います。

              しかし、自身の人生を掛けて純化を果たした、新垣師範のナイファンチは、純化の度合いが、ブライアン先生より上であります(私見では)。

              非常に迷いましたが、身体操作の向上のため、私は新垣師範のナイファンチの再現を目指して修行しています。

               

               

               

               


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              プロフィール
              ■プロフィール 沖縄空手道無想会沖縄同好会 ■練習場所 沖縄県沖縄市および那覇市 ■連作先 musokai_okinawaken@yahoo.co.jp
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